最近、お菓子作りを再び始めました。実家じまいをしたときに持ち帰った製菓道具は、小学生から高校生にかけて、一時期はそれこそ寝食を忘れて夢中になっていたときに使っていたものです。
パイやケーキの型に残る焼き焦げやキズが、当時を思い起こさせます。中でも20個ほどある鉄製のマドレーヌ型は、お菓子作りを始めたばかりの頃によく使っていたもの。グラシン紙をかぶせて生地を流し込んで焼きます。グラシン紙には欧文の古い書体で“madeleine”と印刷されていて、フランスもイタリアも、何なら米国も一緒くたのイメージしか持てなかった頃、その文字が飛び切りおしゃれに感じたものです。今では、マドレーヌと言えば貝殻の形が一般的ですが、昭和の時代は周りが波になっている丸い菊の形に象徴されていました。デパートや町のケーキ屋さんで売られていたマドレーヌも、皆同じ形です。
なぜ今は貝殻形で昭和は菊形なのでしょう。AIによると、聖ヤコブの象徴であるホタテ貝の形を、巡礼者を労うお菓子に用いたという「巡礼者のシンボル説」や、考案者とされる少女マドレーヌが、厨房にあった本物の貝殻に生地を流して焼いたという「本物の貝殻を使った説」など諸説ある中、最も有力なのは、中世にキリスト教の聖地を目指す巡礼者たちが道中でホタテ貝をお守りや食器として持ち歩いていたことや、発祥地ロレーヌ地方が巡礼路の途中だったためホタテ貝を模して作られたという説。ではなぜ、昭和は菊形だったのか。アーモンドを使うフランスの焼き菓子「パン・ド・ジェーヌ」が日本に伝わった際、形や生地が似ていたマドレーヌと混同され、もともと日本にあった菊形の木型や金属型がマドレーヌを焼く型としても使われるようになったからとか。「パン・ド・ジェーヌ」は、周囲に波形の溝があるマンケ型で作るそうです(一社 日本洋菓子協会連合会HPより)。とはいえ、私は今だかつて「パン・ド・ジェーヌ」なるものを、食べたことも見たこともありません。この説、本当かしら?
菊は天皇家の紋章。菊の形は、和菓子の型や和食器にも広く用いられています。因みに、菊形のマドレーヌは日本オリジナルとか。昭和の日本人である私は、鉄製の菊型でマドレーヌを焼き続けようと思います。