米国の「調理医学」と日本の栄養学

 米国では近年、医療分野において「調理医学(Culinary Medicine)」が注目されています。調理医学とは、非感染症疾患の予防・治療・予後の心身機能回復を、投薬のみに頼らず、食を通して実現させることを目的にした、米医学界で体系化がスタートして20年足らずの新分野。エビデンスに基づき、症状に応じた食材選び、調理法、食べ方まで、患者の文化的背景も考慮し多角的に探求する学問です。2014年に開発されたハーバード大学医学部監修の指導者養成プログラム「CHEF(Culinary Health Education Fundamentals)」は、教える人も学ぶ人も同時に調理を実践しながらスキルアップを図るレッスン法で、“癒やしの自炊”を提唱しています。
 調理医学。まさに、女子栄養大学の創立者・香川綾氏が目指したものです。医学博士である氏は、予防医学の観点から栄養学の重要性を説き、健康的な食事に必要なことは実践力であると調理技術の向上を重んじ、料理の正確な伝承を目的に計量カップ・スプーンを開発しました。例を挙げるまでもないことですが、対象者は一人ひとり、生活環境も嗜好も異なります。病気にならない、病気を快復するための食事を提案するためには、対象者が実行しやすいカタチに合わせることが大切で、そのために求められるのが、栄養学の知識と調理による実践力、分かりやすく伝え、やる気にさせるコミュニケーション力です。しかし、未だかつて栄養士の国家試験に調理技術や伝える力が求められたことはありません。一方、日本の医学部で医師を養成する教育カリキュラムに、栄養学に関する内容は含まれていません。因みに、米国で「CHEF」を開発したのはシェフの経験がある医学博士、日本で1972年「医食同源」を提唱した新居裕久氏も医師であり、中国料理の陳建民先生に師事し、新宿クッキングアカデミーの校長も務めていました。
 非感染症疾患の減少がSDGs指標のひとつであることを考えると、栄養学を学び、調理技術を身につけた“シェフドクター”は、世界的に必要とされる存在になるかもしれないといいます。栄養士よ、実践力を身に付けよ!