アミューズメントパークには、優先的に入場できたり、アトラクションを楽しめたりするファストパスを導入しているケースが多々あります。“地獄の沙汰も金次第”。地獄での裁きですら金でどうにでもなるのなら、現世のことなど、ほとんどのことは金さえあれば何でも思い通りになるようです。それは、食の世界でも。
2024年、飲食店の予約サービスを手掛けるTableCheck(テーブルチェック、東京・中央)が始めたのは、飲食店向けに顧客から有料で予約を受け付けるサービス。スケジュールが綿密に組まれている海外からの旅行者にとって、時間が読めないことほど不安でストレスになることはありません。彼らに人気の有名ラーメン店は、予約ができない店がほとんど。そのような店でも、1人あたり手数料500円で予約を受け付けるのがこのサービスです。
一方、人気の個店が独自にファストパスを導入する事例も。「焼きたてチーズタルト専門店PABLO(パブロ) 心斎橋本店」(大阪・大阪)は今年7月、猛暑の中、並ばずに買える“ファストパスレーン”制度を始めました。1会計につき300円(税込)プラスすれば、行列をスキップし、自動釣銭機付きの専用レジでスピーディに会計ができます。
この夏東京では、炎天下で、人気の飲食店、ドーナツ店やベーカリーに並ぶ客の列をいくつも見ました。熱中症は大丈夫? 店は対策をしているの? もしものことがあったらどうするの? 並んでも買いたいのだから自己責任? 部外者ですが、気が気ではありません。
行列ができる〇〇〇。店にとっては誉れでも、並んでいる客にとっては。いや並んだからこそ生まれる価値も。振り返れば、過去何十年、日本人は何にでも並んできました。行列が話題になり客を呼ぶからと、新規オープンの店には“さくら”を仕込んで行列を作らせたことも。そのくらい日本人は行列に心惑わされ、行列に期待を高めるのです。お行儀のよい行列は、“日本のお家芸”と海外では高く評価されているとか。手軽に心を満たしてくれるアミューズメントとしての食の魅力が、今日もどこかで行列を作らせています。
月: 2025年10月
令和ラーメン業界。“海を渡れ!?”
2024年、ラーメン店の倒産件数は前年比3割超と急増。史上最多を更新し、その流れは今年に入っても続きました。それが今、落ち着きつつあるとか。
倒産ラッシュの主要因は、原材料費の高騰と人手不足。そこに燃料代の値上げが追い打ちをかけました。しかもラーメン業界には、言わずと知れた“1000円の壁”があります。ラーメン1杯の税込み価格が1000円を超えると客離れが起こるというもの。経費の増加分を適正に価格転嫁させてもらえないという現実は、生活者のラーメンに対する価値観そのものです。人気店がラーメン1杯に賭ける熱量は原材料費と時間に比例し、ラーメンは“庶民の味”から“グルメ料理”へと価値を変えました。その波に乗れなかった店は、“庶民の味”であり続けることすら難しくなっていったのです。
そんな状況下、ラーメン業界を商機ととらえているのが、大手外食チェーン。松屋フーズは7月、ラーメン専門店「松太郎」の1号店を東京・新宿にオープン。“しょうゆラーメン”は680円。富士山麓の自社養豚場で育てた“富士ポーク”を低温調理したチャーシューをウリに、多店舗展開を図ります。大量調達した食材を集中調理し、人件費を抑える店舗開発を得意とする大手だからこそ可能な“庶民の価格”です。一方、吉野家ホールディングスは、ラーメン事業を次の成長の柱にすべく、麺やスープを製造する「宝産業」や、京都の人気ラーメン店「キラメキノトリ」を運営する「キラメキノ未来」を買収。大手二社は牛丼依存から脱却し、ラーメンで世界進出を狙います。
私が長年贔屓にしているラーメン店も、国内の店舗を急速に減らし、海外進出に注力しています。そんなこともあって新しい“ご贔屓ラーメン店”を探索中。先日伺った店は、今年6月にオープンした「鮨とラーメン うおがしや 渋谷」。経営母体は、魚介系の飲食店を多店舗展開している「FIRST DROP」で、24年に1号店を新橋にオープンしてからの早くも6店舗目。カツオだしがベースのラーメンに、店内で“機械で”削ったカツオ節が提供される“追いかつお”のサービス。寿司とラーメンの飲食異業種合体に加え、すべての展開がインバウンド向けに見えて。“やっぱり海の向こうのお客様が大事なの?”と、ちょっと寂しくなったりもします。
昭和の炉端焼きが令和に
インバウンド需要を追い風に、外食市場では炉端焼きや囲炉裏料理の店が人気だとか。大手チェーン居酒屋では体験できない“エンタメ”性と“立て”感がウケているのでしょう。
日経MJ9/19【残暑を炎で追い払え!どうせ汗だく 炉端へGO】で“炉端焼き店”として紹介されていたのは、俺のが11年ぶりに新業態として5月に東京・恵比寿に出店した「俺の炉ばた」、ホットランドホールディングス傘下のオールウェイズが6月に同・人形町に出店した「おでん屋たけし」の新業態「おでんと炉端 たけし」など。一方、囲炉裏料理としては、10/6、“囲炉裏料理と日本のお酒”をテーマにした立ち飲み酒場「ONDO(オンド)」が「渋谷ストリーム」にオープンしています。
炉端焼き、囲炉裏料理。囲炉裏端の“端”は、“へり、ふち、はし”。店主も客も囲炉裏を囲むように座り、店主が炭火で焼く新鮮な魚介や肉、野菜を客が楽しむというもの。炉端焼き店が流行った1970年代。店主(料理人)と客の間にある囲炉裏(焼き場)と、客前に提示された食材をまたぐように、“柄が長い大きなしゃもじ”に焼き上がった料理をのせて提供するスタイルができ上がったような。市井の人々の生活トレンドをいち早く取り入れる脚本家、橋田壽賀子氏が書き上げたのが「おんなの家」。三姉妹が切り盛りする炉端焼き店でも、“柄が長い大きなしゃもじ”は炉端焼き店の象徴のように使われていました。
提供する側にとっての炉端焼きの良さは、調理プロセスが簡素なこと、調理・サービス両方の人手が省力化できること、ライブ感が加わることにより素材価値を増幅できることなどがあります。飲食店の中には、串に刺した魚やエビを囲炉裏に立てて炭火で焼き上げる“原始焼き”、客が自分で焼き上げる“セルフ炉端焼き”をウリにする店も登場。“ジャパニーズ・バーベキュー”とも呼ばれているとか。令和の炉端焼きは枝分かれしながら広がっているようです。
キッチンの旧友たち
キッチンは、私にとっては心落ち着く場。そして、ここに集う調理器具や食器は、みんな自分と縁を紡いだ旧友たちです。
最も長い付き合いの鍋は46年前、学生時代に購入した【アルミの片手鍋】と【ソトワール(外輪鍋)】、【アルミの大きな両手鍋】。片手鍋はよく使ったので底が膨らんでいますが、ソース作りや煮込み料理に大活躍ですし、ソトワールは肉のソース煮や煮魚に。両手鍋は、麺や青菜をゆでるときに欠かせません。たっぷりの熱湯でゆでると再沸騰までの時間が短くなり、おいしくゆであがるから。学生時代に染みついたこの鉄則が頭から離れません。確かに、昨今のほうれん草はえぐみ(シュウ酸)が少ないので、ラップに包んで電子レンジでもいいのでしょうが、それができないのだから、私という人間は面倒臭い。
高くても一生モノと、若い頃になけなしのお金で買った【打ち出しの雪平】。筑前煮や含め煮を作ると、“和の世界”にほっこりします。一緒に求めた【木製の落とし蓋】との息もぴったりです。ル・クルーゼの【マルチファンクション】。30数年前、会社を辞めたスタッフからお世話になったといただきました。使う度にイタリアに渡った彼女のことを思い出します。食材がくっ付きにくい【フッ素加工のミルクパン】。今は成人した息子を、バギーに乗せて保育園帰りに通ったスーパー。棚に並べられた“見切り品”に飛び付きました。
学生時代から使い込んできた木製の【スパチュラ】。少しずつ削られてはいますが、鍋隅までしっかりかけます。シリコン製の誘惑もありますが、今まで作ってきた料理の味が地層のように染み込んでいそうで別れられません。母から受け継いだのが【カツオ節削り】。みそ汁のだしに、納豆ご飯のうま味付けに、毎朝シュッシュッ。カツオ節の燻製香は、愛飲しているスモーキーなバーボンとの相性も抜群で、毎夜シュッシュッ。
忘れてはいけないのが、学生時代から使っている【砥石】。職人のように水をかけながら研ぎたくて。引っ越しをする度に流しの奥行きにぴったりの下駄を作り、そこに砥石を置いて研ぎます。これがすごくいい。友人たちに「作ってあげる!」と勧めますが、未だ受注は一件もありません。