左上位と右上位

 幼児期に買ってもらったお雛様を、吉日を選んで飾ります。毎年迷うのは、男雛と女雛の位置。古い箱の下に入っているしおりの写真が頼りです。
 今年初めてSNSで確認したところ、関東では向かって左が男雛、右が女雛。関西では逆という風習を知りました。関西と言っても、京都とその周辺の地域に限っているようで、東西で2分されるわけではありません。因みに、九州は関東と同じのようです。
 京都とその周辺の地域で男雛が向かって右の理由は、南に向かって左は太陽が昇る東の方向。太陽が沈む西より尊重されていたため、左上位という考えが生まれたのだとか。この左右は当人にとっての位置なので、「向かってどっち?」は逆になります。では、なぜ他の地域では向かって左が男雛、右が女雛なのでしょう。その理由のひとつが、明治になって右を尊ぶ欧米のマナーが日本に入ったこと。五輪の表彰式でも、金をはさんで右(向かって左)が銀、左(向かって右)が銅です。そしてもうひとつが、徳川家康の孫「興子(おきこ)内親王」が後に即位し明正天皇となってから、故事に倣い、江戸では上位の左(向かって右)に女雛を飾るようになったという説。江戸時代までの日本の礼法では、左(向かって右)が上座でした。
 この礼法は、膳の並びにも。左にご飯、右に汁物の配置は、米が何よりも偉いからで、平安時代の絵巻にも、ご飯は左、汁物は右に配膳されています。“右手で箸を使い、左手で飯椀を持ち上げるから”と、私も含め多くの日本人が常識と思っていることでしょう。
 が先日、昼のワイドショーでマナー講師が紹介した「正しい配膳」は、左手前に飯茶椀、その奥に汁椀、右手前に副菜、その奥に主菜、真ん中に香の物。私にとっては、まさに青天の霹靂。その理由は、「左回りに食べる順に並べる」「持ち上げるものを左に置き、右はつまむもの」と以前とはマナーが変化したと説明します。SNSでは多くの疑問と非難の声が上がったものの、「西の文化」「関西ルール」との助け舟も。いやはや、食作法の“お決まり事”は難中之難。