料理が好きで、料理が上手な人のキッチンはすぐに分かります。20代前半、駆け出しの料理編集者だった私にとって、撮影で伺う料理研究家のおしゃれなキッチンは憧れでした。週末、そんな時代を彷彿とさせる素敵な出会いがありました。避暑地の築48年の家にお住まいの齢80を超えたご夫妻です。
迎えてくださったご主人はデニムにギンガム柄のフランネルのシャツをアンダーに合わせ、首にはラフなスカーフ。マダムは真っ赤なカーディガンにパンツ、胸元には金のブローチ。カーディガンと色を合わせたかのようなルージュを、白い肌と軽くアップにしたグレイヘアが引き立たせ、まさにマダムの貫禄です。
白いタイル貼りのキッチンカウンターは南側のテラスに向けて広がり、四季折々変化する雑木林の彩色を楽しみながら料理ができます。シンクは、理科室で使われる深めの実験用。陶器製の大きなシンクを探し求めた結果とか。古い食器棚には、ご両親から受け継いだ古伊万里の赤絵と染付の皿、イタリアで求めたというベッキオジノリホワイトの洋食器が並びます。
室内には、美しくないものは何ひとつありません。もちろん、キッチンにも。炊飯器や電子レンジなどの調理機器は一切見当たりません。その代わり、木製のスパチュラやターナーがアンティークなジャーに。水を張ったボウルにはユーカリが、小さな花器には野ばらの実がさりげなく飾られています。小粒のじゃが芋は鉄製のアンティークなカゴに入れた厚手のクラフト紙の袋に、白いタイルに映える緑色の野菜もシンプルなざるに載せられています。壁掛けのコーヒーミルで豆を挽き、ドリップしたコーヒーの香りが、暖炉ではぜる薪のにおいと混ざり合い、冬の避暑地ならではの静かな時間を演出します。
ロジェールのガスコンロの種火が点かないからマッチで火を点けるのとマダム。マッチより着火ライターのほうが安全では・・・と言い掛けましたが、マダムのキッチンには似合いませんよね。