ホテルのレストラン

 これまで前時代的な印象を持たれがちだったホテルのレストランに変革の時が来ているという記事がありました。ホテルの顔として脚光を浴びるようになってきたという内容です。
 “前時代的”。とりわけ、ホテルのフレンチにはその印象があります。日本のフレンチの黎明期は昭和の時代、ホテルレストランから始まっています。当時、帝国ホテルの村上信夫シェフ、オークラの小野正吉シェフなど総料理長の名前が一般にも知られるようになり、ホテルフレンチは女性たちの憧れでした。がその後、「街場フレンチ」と言われるホテル経営ではないフレンチレストランが隆盛を極め、多くの有名シェフが登場。個性的な料理で食通たちを魅了し続けています。
 そんな中、「パレスホテル東京」は老舗フレンチレストラン「クラウン」を閉店。2019年に新たに「エステール」を開業しました。パートナーはフランス料理界の巨匠アラン・デュカス氏。街のレストランに負けない個性と味を打ち出すべく、土地の魅力を反映した料理を提供したところ、「クラウン」の頃と客層が大きく変わり、街のレストランと同じ感覚で利用する美食家や女性グループなどが増えたといいます。
 一方、和食に磨きをかけるのが「帝国ホテル 東京」。21年、「神楽坂 石かわ」グループと組んで、「帝国ホテル 寅黒」をオープン。インバウンドとシニア層を意識して伝統と革新を“五分五分”のバランスで調え、“日本を思い出してもらえる、ここにしかない味”を提供しています。
 折しも、1954年に開業した老舗の「山の上ホテル」が来年2月に休館するという情報が。20代の前半、先達に誘われて天ぷらをいただいたり、バーで飲んだりした思い出があります。ここだけに流れる時間と特別の趣。料理だけを切り取っては語れないものがホテルにはあります。

今の野菜に不要な下ごしらえ

 料理レシピには伝承された“当たり前”がたくさん存在し、それが今の食材に適さなくなっている例がたくさんあります。そのことを改めて気付かせてくれたのが、10/12に放送されたNHKの「あしたが変わるトリセツショー」の「ごぼうのトリセツ」。
 こぼうの味は好きなのに、料理はしない。なぜなら、下ごしらえが大変だからとの声に対し、ごぼうは下ごしらえをしなくてもいいという内容。昔のごぼうはしっかり成長してから収穫するので太く、長く、アクが強い。が今は、軟らかく、アクが少ない最適時に収穫される。ゆえに、土を洗い流すだけでよく、皮むきも水さらしも不要とのこと。私も以前は、母から教えられた通り包丁の背で皮をこそげ取っていましたが、ごぼうの香りと栄養は皮に多く含まれることを知ってからは、土を落とす程度に水洗いをするだけです。
 このように昔の野菜を基準に今も下ごしらえが常態化、常識化している野菜があります。例えば、ほうれん草など緑が濃い葉野菜。アクの素となるシュウ酸を取り除くためにゆで、色鮮やかにするためにすぐに水に取るというのが常識ですが、昨今のほうれん草はそこまでアクが強くないので、さっと洗ってラップに包んでレンジ加熱という下ごしらえも紹介されています。
 れんこんもごぼう同様、水や酢水にさらすことが当たり前のように言われますが、これは、褐変を防ぐため。筑前煮など白く仕上げる必要がなく、しかもすぐに調理をするのなら、水にさらす必要はないと思います。人参も工場で洗浄される際に皮の大部分が取り除かれているので、見た目を気にする料理でなければ皮はむかなくてもかまいません。
 今の野菜を知り、下ごしらえの目的が分かれば、反対にしなくていいことにも気が付きます。が一方で、ウチはそうだから、それが当たり前だから、今までそうしてきたから。理屈は分かっていても止められないことって、案外あるのかもしれませんね。

かぼちゃとpumpkinとsquashと

 10/31はハロウィンです。日本では、渋谷のバカ騒ぎとネットショップの仮装グッズ、スーパーやデパ地下の惣菜ばかりが目立ちますが、本来は秋の収穫をお祝いし、先祖の霊をお迎えするとともに悪霊を追い払うお祭り。世界各国ではさまざまなイベントが行われ、食市場も賑やかになります。
 先日、米国・NYから帰国した友人がTrader Joe’s(トレーダージョーズ)やFairway(フェアウェイ)といったスーパー、国連本部前にオープンしているファーマーズマーケットの写真を送ってくれました。いずれの売り場も、ハロウィン一色。パンプキンフェイスを模ったチョコクッキー、かぼちゃのクリームを流し込んだ筒形のクッキー、キットカットもハーシーもハロウィン仕様です。
 かぼちゃに至っては、緑、黄色、オレンジ、白、まだらに縞、真ん丸にひょうたん形、食用に観賞用と色も形も用途もいろいろ。それらを混ぜ合わせて買うことができ、選ぶだけでも楽しそうです。そう言えば以前、米国ではかぼちゃのことはsquash(スカッシュ)と表現すると聞きました。ところが、写真を見ると“pumpkin”の表示が。実は、私たちがかぼちゃと呼んでいる西洋かぼちゃは、米国では“winter squash”。反対にズッキーニなど皮が硬くなる前に収穫される皮も身も軟らかいものを“summer squash”と呼び、ハロウィンで使う観賞用の“pumpkin”はこの仲間に入ります。つまりpumpkinはsquashの一種ということ。因みに、オーストラリアではすべて“pumpkin”なのだそう。
 最近よく見掛けるのが、日本で開発されたコリンキーという黄色のかぼちゃ。生食できるので、サラダや浅漬けにも使えます。先月伺った「オーベルジュ オー・ミラドー」では、勝又シェフがコリコリの食感を生かしたデザートに仕立てていました。

温かな気持ちになれるおいしいドラマ“きのう何食べた?”

 テレビの秋クールが始まりました。毎週楽しみにしているのは、テレビ東京の“きのう何食べた?シーズン2”。西島秀俊氏演じる弁護士の“シロさん”と内野聖陽氏演じる美容師の“ケンジ”の愛情あふれるおいしい日々を淡々と描いたドラマです。
 シロさんはケンジとの老後に備え、月の食費を2万5000円以内に抑えることを目標に、毎日スーパーで安売り食材を求め、料理を作ります。しかもおかずは2~3品。献立としてしっかり成り立たせています。遅く帰宅した日も、あるものでパパッと作ってしまう手際の良さはもちろん、1食1食を大切にする姿勢にも感心します。もちろんフードスタイリストは付いていますが、西島氏の料理をする手つきは慣れた人だとすぐに分かりますし、しぐさがきれいだと思います。加えて、シロさんが料理番組のように、コメントを入れながら作ってくれるので、一つひとつのプロセスがとても分かりやすいのです。
 でき上がった料理は、テーブルにキチンと並べられます。食器は出しゃばり過ぎず、二人の生活にマッチしていて、とてもいい雰囲気です。シロさんとケンジが向かい合い、手を合わせて「いただきます」と笑顔であいさつをして食事が始まります。ケンジは一つひとつの料理に対して、「○○が△△していておいしい!」など感想を必ず言うのですが、その言い方からシロさんと二人で食卓を囲める幸せな気持ちがひしひしと伝わり、日々の食事やパートナーに対する感謝の思い、愛情の表現を疎かにしている毎日を反省させられます。
 シロさんとケンジの生活をすべて見ているわけでもないのに、食シーンを通すと古くからの隣人のような気がしてくるのも不思議です。因みにシーズン1の最後、おせちを作るシーンで黒豆の炊き方が私と同じ、土井善晴先生のレシピでした。

昭和のままの喫茶店

 地方に行くと、昭和の面影をくっきりと残す喫茶店があります。東京にも、雑踏から隔離された、昭和が静かに息づく店はまだまだあります。店主のこだわりがコーヒーやメニュー、音楽や空間からひしひしと感じられる店です。が、地方に残る昭和の喫茶店は、それとは少し異なります。先日も、そんな1軒を見つけました。
 車で前を通るたびに“とうとう閉店したか”と必ず心配してしまう佇まい。地元の人に聞くと、外観だけでなく、店内の様子も50年以上前からまったく変わらないとのこと。テーブルの上には、昭和柄のスパイスセット、球形の星座おみくじと灰皿はお約束。経営しているのは高齢のご夫婦で、奥様はなんと着物に割烹着です。仕事着でもよそ行きでもない女性の普段着の着物姿。令和の今では、めったに見られるものではありません。メニューは、トーストにサンドイッチ、ナポリタンにミートソース、うどんにラーメンと多彩。お好み焼きと焼きそばがラインアップされているのも、昭和の名残です。ただ、材料をすべて揃えるのは大変なようで、できないものもあるとか。お世辞にも流行っているとは言いがたい店内。当然です。
 改めて店内をぐるりと見回し、なぜ最初に気が付かなかったのかと思うほど空間に溶け込んでいるのが古いダッチ式水出しコーヒーの装置。高さ1.5mほどの装置が4台並んでいて、そのうちの1台だけが静かにコーヒーを落としています。このコーヒーのおいしいこと。
 客の多くは地元のおじいさんたちで、朝の野良仕事が終わるとモーニングを食べにやって来るとか。昼下がりにはコーヒーを飲みながらご夫婦と世間話です。「冷たいのちょうだい」とアイスコーヒーをオーダーするおじいさんたち。そのコーヒーが、時間をかけて抽出されるダッチコーヒーで、1600年代にインドネシアがオランダ領東インド会社の時代に、まずいコーヒーをおいしく飲む方法として考案されたものだということを知っているのかな?