先週、香港の水上レストラン「ジャンボキングダム」が沈没したというニュースが入りました(その後、転覆はしたが沈没はしていないなど、情報が錯綜していますが)。香港に行ったことがある、特に団体旅行でなら、「ジャンボ」で食事をした経験のある人は多いと思います。その名の通り、“大きな王国”は豪華絢爛な中国風の建築様式。内装からテーブル、椅子、調度品、チャイナドレスのウエイトレスまで、観光客が喜びそうな、つまりは中国人以外の観光客が思い描く“中国”を裏切らない中国が、完璧に演出されていて、それはまるで中国宮廷をコンセプトにしたテーマパークのようでした。乗船しなくても、アバディーン湾に浮かぶその姿を見るだけでも、香港に来たんだと感動するほどの迫力がありました。
私が初めて香港を旅したのは、1976年の初夏。「ジャンボ」が再建されたのが同年10月とのことなので、そのときには見ていません。その後、何度か訪ねる機会がありましたが、「ジャンボ」に乗船したのは1度きり。香港のダウンタウンや屋台に惹かれる一方、「ジャンボ」は1度で十分と思っていました。
初訪港で覚えている景色は、奇妙奇天烈なオブジェに度肝を抜かれた「タイガーバームガーデン」と母が異常に興奮していた「慕情の丘(と呼ばれている場所)」。両方とも今はありません。最後に香港を訪れたのは、中国に返還されて大分経った2014年。都会化が進んだ一方、ダウンタウンの活気がいまひとつと感じたのは、気のせいでしょうか。その後の香港が辿った道筋は知っての通り。もうあの香港は存在しないのだと思うと、寂しくて仕方ありません。
ノスタルジーというものは、深く美しく演出されるようです。私の場合のそれは、「Love Is a Many-Splendored Thing」をバックに慕情の丘を駆け上がるジェニファー・ジョーンズの映像と、暗闇にまばゆい光を放つ「ジャンボ」の雄姿です。